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社会保障費の実質負担者は誰か? ~事業主との労使折半について~

「厚生年金保険料や健康保険料は労使折半である。」


これは厚生年金・健康保険の保険料額表を見れば当然の事だと普通は考えると思います。
しかし、雇用主としては社会保険料自体はコスト以外の何物でもありませんから、
仮に保険料が引きあがった場合、労働コストである賃金額を引き下げて
保険料を労働者が実質的に負担するように支給額を変更しようとする可能性は否定できません


社会保障費の労使折半による事業主負担分の実質負担者には諸説あり、
政府発表の「社会保障負担等の在り方に関する研究会報告書(平成14年7月)(※1)」によると、


 1.価格に転嫁され消費者が実質的に負担している
 2.賃金として受け取れない分労働者が実質的に負担している
 3.企業が実質的に負担している


と議論が分かれる所のようです。


では、実際に誰が負担しているのか、
そしてその説の通りになった場合、結局誰が得をするのかを
少し考えてみる事にしましょう。


ここでは分かりやすいように以下のように定義します。


・法人税の実効税率は40%とする
・当期が赤字の法人も最終的には繰越欠損金と利益を損益通算できるものとする
・社会保険料の製品価格転嫁率を100%とする(1のみ)
・仕入先企業の社会保険料分は考慮しない(1のみ)
・労働者1人当たりの事業主負担分の保険料総額(健康保険+厚生年金)を5万円とする。
・労働者の標準報酬月額は38万円とする。
・介護保険料、雇用保険料、労災保険料、児童手当拠出金は考慮しない




それでは事例ごとに見ていきましょう。





1.価格に転嫁され消費者が実質的に負担している

価格に転嫁されるという事は、最終消費者に多くの負担が行く事になります。
例えば毎日食べているパンや米類を販売している食品会社が社会保険料を
消費者に負担させていると想定したとしましょう。

この場合、上記条件により売り上げが5万円増え、保険料の企業側実質負担はゼロです。
また、売り上げ増加分で売上総利益は増えますが、社会保険料の法定福利費が損金算入となり
営業利益は変わらず、法人税の負担は基本的に変化ありません。


以下のように例示すると分かりやすいと思います。


(A)社会保険料が掛かっていない状態

売上   100万円
売上原価  80万円
売上総利益 20万円
法定福利費  0万円
営業利益  20万円

(B)社会保険料が掛かり、それを製品に転嫁した状態

売上   105万円
売上原価  80万円
売上総利益 25万円
法定福利費  5万円
営業利益  20万円



最終消費者は厚生年金加入者だけではありませんから、
国民年金加入者、共済年金加入者、そして海外輸出先消費者等が
事業主負担分の社会保険料を分担して負担している事になります。


この為、実質的に得をしているのは厚生年金加入者となります。






2.賃金として受け取れない分労働者が実質的に負担している

つまり、社会保険料全額が実質的には労働者負担であるという考えですから、
本来の給与支給額が事業主の負担分押し下げられている事になるわけです。

ただし、事業主側は拠出した社会保険料総額の40%分
法人税の押し下げ効果を受けていますから、転嫁率100%の原則を守るのであれば、
実質的には残りの60%分の賃金押し下げ効果と考えるのが妥当と思われます。
(ここではあくまでも仮定として定義します)

仮に上記条件で言えば5万円のうち、本来支給されるはずだった
給与にあたる金額は3万円という事が言えると思います。
この場合、労働者の実質負担総額は健康保険と厚生年金の総額で8万円です。
(労働者負担5万円・実質労働者負担3万円(事業主拠出5万円-事業主法人税還付2万円))


では、この3万円が仮に給与として支給されたと考えた場合どうなるでしょうか?
(社会保険料の労働者負担分(5万円)はそのままです)


給与所得は所得税と住民税が課税されます。
税率は課税所得があれば合算で最低15%です。

つまり3万円を受け取ったとしても、
手元に残るのは25,500円です。

これを仮に30年受け取ったと仮定して計算してみましょう。
(ここでは計算を分かりやすくするためにボーナスを除きます)


25,500円×12か月×30年=9,180,000円


となります。



給与として支給された場合、
どうやら30年で918万円は受取額が増加するようです。

しかし、従来通り健康保険と厚生年金として掛けていたらどうなるでしょうか?
将来の受け取り年金額によっては、給与として受け取るよりも
受取額が増えたりはしないのでしょうか?


給与として支給せず、そのまま社会保険料として支払っていた場合の手取り年金増加額分と、
給与として支給時(918万円)との損得の比較をするのは簡単です。
労使折半分の試算をしているわけですから、最終的な受け取り年金額の半分が
事業主負担分に対する年金増加額分
であると考えればよいからです。

では、男性で65歳受給開始と68歳受給開始の2ケースで試算してみましょう。
(試算ではボーナス分を除き、標準報酬月額のみで計算します)


・65歳開始の場合(平均余命19年)

 380,000円×5.769÷1,000×360か月×1.031×0.985×19年×1/2≒7,613,861円


・68歳開始の場合(平均余命17年)

 380,000円×5.769÷1,000×360か月×1.031×0.985×17年=6,812,402円


※平均余命は厚生労働省の簡易生命表(平成21年)より



となる為、単純に平均余命と受け取り年金額を計算した場合は、
給与として受け取った方が結果的には手取り額が増える事になります。


※ちなみに、65歳以上の公的年金等控除は120万円ですから、
基礎控除の38万円(住民税33万円)と合わせれば、
老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせて159万円程度になる
上記ケースでは殆ど税額が掛からない事は注記しておきます。



ただし、これは単身者のケースの話です。

上記のケースで3歳年下の妻がいたと仮定した場合で、
遺族厚生年金を夫死亡時の妻の平均余命分受給すると仮定し場合の試算結果を出してみましょう。
(各種要件により、加給年金・振替加算は付かないものとする)


・65歳開始の場合(84歳死亡時妻の年齢81歳・平均余命11年)

 380,000円×5.769÷1,000×360か月×1.031×0.985×3/4×11年×1/2≒3,306,020円


・68歳開始の場合(85歳死亡時妻の年齢82歳・平均余命10年)

 380,000円×5.769÷1,000×360か月×1.031×0.985×3/4×10年×1/2≒3,005,473円


※遺族厚生年金は非課税です


となり、合算すればいずれも給与として支給した場合と比べて
受取額が上回る
事になります。


ただし、給与として受け取った場合はその後の運用利率によっては
上記計算例を上回る可能性もありますし、逆に長生きした場合は
年金増加額分の方が圧倒的に上回る可能性もありますので、
その辺りは考慮しない事とします。






3.企業が実質的に負担している

このケースの場合は現在の表面上の制度と変わりがありません。
事業主側は法定福利費として損金算入し、法人税の押し下げ効果を受けますが、
残りの60%分は人件費として多めに負担している事になります。

この為、労働者は最終的な手取り年金額が労働者負担分を上回る可能性が高いので
労働者側が得をしている事になります。

ただし、法人の利益を圧迫している事になりますから、
業績連動型賞与であれば支給額に影響を受ける可能性はありますし、
退職金制度に業績連動分が加算されている場合は将来的な受取額の減少に
つながる可能性はあります。

その為、企業負担でありながら最終的に労働者の手取りに影響してくる状況は
無いとは言えない
という事になります。






以上のような結果となりました。


実際は、この3例が複雑に絡み合った結果とも言われています。
そもそも、どの立場・目線に立って考えるかによって、
負担者は誰なのかという事が明確にはしずらい物があります。


労働力を完全にコストとしてみなした場合は2番かも知れません。
比較的価格を上げやすい商品を取り扱っているのであれば1番が有力でしょう。
法令順守を考え、社会的責任を自己負担分で相応に、と考えるならば3番となります。


現状の日本市場を見るに、価格転嫁は難しく、
コストダウンが叫ばれるデフレ環境下にあっては、
2番の比重が高い可能性はあるかもしれません。


この辺りの議論は、

「社会保険料の事業主負担部分は労働者に転嫁されているのか(太田 聰一)」(※2)

が参考になると思われます。



ちなみに、日本経団連発表の資料である

福利厚生費調査結果 第1表 現金給与総額と福利厚生費(※3)」

を参考にすると、2002年度と2009年度を比較して、
この間の福利厚生費総額に殆ど差はない(+0.71%)ものの、
法定福利費は大幅に増え(+4.27%)、法定外福利費は減少(△7.95%)している事が分かります。

また、賃金は約△4.5%減少していますが、日本の経済成長率である名目GDPが△4.15%減少しており
賃金の下げは企業利潤の減少に連動し、若干福利厚生費負担分を加味して下げているとも言えます。

ただし、法定外福利費には住宅補助や扶養手当、保険加入のように実質的には
給与のような定期金が含まれていますから、法定外福利費を削るという事は、
実質的には労働者に不利益が発生している可能性は否めません


以上を見ても、全ての負担を労働者に転嫁しているとは言い難く、
やはり各統計の相関を調べてみない事には本当の所は分からないという所だと思います。


本来であれば国が社会保障を導入する事によって労働意欲低下防止効果が発生していると考えれば、
その利益を享受している企業側に負担を与える事は至極当然であり、
事業主側が負担全てを労働者の賃金転嫁、或いは消費者転嫁としていると考えるのは
便益享受者としての姿勢としては些か疑問が生じるものがあります。

また、少なくとも2番で提示したように、法人税の還付分は事業主が負担するのが相当であり、
これが成されていないのであれば、単に労働意欲の低下を招く結果につながり、
如いては労働生産性を低下させ、企業利益に対して悪影響をもたらす可能性もあります。


実際、昨今の報道により年金制度への不信感は高まるばかりです。
更に、労使折半の保険料は実質的には全額労働者負担としているかのような風潮が見られ、
様々な要因が複雑に絡み合っている現状を理解せずに一方的に論議する姿勢が残念でなりません。



社会保障は、生きる上で発生する様々なリスクを最低限保証する制度です。
当然、これだけに頼っていたのでは制度改正や保障以上のリスクに対して
無防備となってしまいます。

ですが、すべてのリスクに対して自助努力で防衛するというのは現代社会においては
多くの人にとって不可能に近い事です。


頼り切るのもダメですが、過度に不安に陥る事もまた問題があるのです。
むしろ、自分から知識を吸収する事で制度変更の先を読み、
効果的にリスクに対応できる力を付ける事に心血を注ぐことの方が
より建設的ではないかと私は思うわけであります。




【参考資料】

※1 「社会保障負担等の在り方に関する研究会報告書(平成14年7月)
    2.能力に応じた公平な負担の賦課の在り方について(4)事業主負担」
URL:http://www.jil.go.jp/jil/kisya/stoukatu/20020725_01_st/20020725_01_st.html#hk


※2「社会保険料の事業主負担部分は労働者に転嫁されているのか(太田 聰一)」
URL:http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/04/pdf/016-019.pdf


※3 「福利厚生費調査結果 第1表 現金給与総額と福利厚生費」(2002年度~2009年度掲載分)
第48回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/005/table1.pdf
第49回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/003/table1.pdf
第50回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/004/table1.pdf
第51回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/002.pdf
第52回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/005.pdf
第53回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/115.pdf
第54回:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/008/honbun.pdf


※参考 「日本の名目GDP推移」
URL:http://ecodb.net/country/JP/imf_gdp.html
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Author:楽天家業

 大学在学中から事業でお金を貯め、それを元手に卒業後は個人トレーダーとして生計を立てていました。(現在はトレード業務一部復活)

 2008年のリーマンショック時に信用取引による過剰リスク状態で惨敗。そんな手痛い経験もあり、このままの人生で良いのかと自分を見つめ直し、同年からウェブサイトの作成業務、2009年からは独立系FPとして相談業務を行うため、自分の経験を活かして日夜、ファイナンシャルプランナーの分野で活動を行っています。

<略年表>
2009年9月AFP登録
2011年7月CFP登録

 現在、主にFP法人様や執筆関連でお仕事承っております。

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